なぜなら、人間の愛とは日常の平凡で現実的な俗世界に存在し、かっそれを超越していく体験にほかならないからです。
つまり、そのことを受け入れること自体が、愛のあかしになるのです。
日常のわずらわしさの持つ危険性は、ふたりが一緒に暮らしているがために、それが生じているような気がしてくることです。
そうなると、そういう日常性こそが人生"そのものなのだという事実が、見えなくなります。
その結果、つい相手に文句を言ってしまったり、相手がいるためにわずらわしさが増えているような錯覚におちいったりすることもあるかもしれません。
あげくに、相手のすべき雑用を自分がやらねばならなくなったりすれば、腹が立ってきます。
そもそも、愛し合っているふたりには、そのようなわずらわしさは存在しないだろうと期待すること自体がまちがっているといえるでしょう。
もちろん、わずらわしいことを相手が苦にもせずやってくれるだろうと思うのも、同じこと。
真実の愛とは、いいこともイヤなことも、ふたりで分かち合えるということにほかなりません。
そのためには、ふたりでよく話し合って、だれが何をするのかを決める必要があります。
そうできたら、相手がある作業(たとえば、トイレを掃除すること) をあなたほど完璧にできなくても、それでよしとすることです。
たとえひとりで暮らしていればやらないことでも、必要ならやることが肝心です。
結局、「退屈なことでもやる」ということが、ふたりで人生をともに生きることになるので。
それができるようになれば苦痛でわずらわしいことは、ふたりの争いの中心にはならずに消えていくはずです。
そうなれば、ふたりにとって本当に大切なことも、一緒にできるようになるでしょう。
お互いに迷惑をかけているのを忘れない事。
どんな人でも、とりたてて何もしなくても、その人であるというだけの理由で、相手に負担や迷惑がかかることがあります。
再婚で子どもがいる、仕事のスケジュールが不規則だ、仕事をしながら大学院に通っている、糖尿病だ、映画俳優をしているなど。
多かれ少なかれ、だれにでもなんらかの個人的な事情というものがあります。
それはすべて、大なり小なり、ふたりの愛の障害になり得るものです。
ところが、時間は限られているし、やることはたくさんある。
好きで夜中まで残業するわけではないし、みずから望んで歯が痛くなるわけでもない。
すべては状況のなせるわざ。
だれにでもこのような無数の原因があり、に影響を及ぼすことになるのです。
その結果、相手は初めのうちは相手も親切に応対しているかもしませんが、こうしたことが続けばいら立ってくるのも当然のこと。
いいかえれば、わたしたちはつねにお互いに迷惑をかけているということになります。
もちろん、相手にイヤな顔を見せないことも大事ですが、不快な気持ちを率直に表現するのもまた、大切なことです。
迷惑をかけていることを思えば、イヤな顔をされたからといって、腹を立てるのはおかどちがいというもの。
相手に迷惑や負担をかけているときには、そのことをきちんと認めましょう。
大切なのは、相手にていねいな理解を求めることです。
あるいは、単に「ごめん」と言うだけでも結構です。
要は、相手の気持ちになり、感謝し、真心を伝えることです。
こうしたトラブルを衝突の原因にするのではなく、ふたりの愛と理解を深めるための機会と考えましょう。
現代人の生活は、とても忙しくて複雑です。
ふたりとも働いている場合には、たとえ一緒に暮らしていても、二、三日くらいお互いにまともな会話を交わす機会がないこともあります。
だからこそ、意識的に相手との接触を失わないようにするのが、とても重要な事になってきます。
そのためにも、何かがあったときのためにも、お互いの居場所がすぐわかるようにしておく、相手に自分のスケジュールを教えておくなどは、基本的なこと。
子どもが病気のとき、仕事場に電話すれば、すぐ連絡がつくようにしておくことも大切です。
いつになったら家に帰ってくるのかわからない、などといった場合。
もちろん、予定が急に変わるのはやむを得ないことですが、できる限りの事はやっておくという姿勢を失わないように努めてください。
また、こうして連絡をし合うということは、単に事務的な連絡事項を伝えたり、スケジュールを知らせておくという意味だけではありません。
大切なのは、どんなに忙しくても愛情を表現し、心を通わせることを忘れないようにするということです。
そうすることで、すれちがいの生活でも、相手のことをつねに気にかけていることがわかり合えるはずです。
ふたりとも仕事で出張が多いカップルには、すれちがいになるたびにメモを残しておくという方法もあります。
このような具体的な行為が、お互いの心に影響を与え、ともに新鮮な気持ちを持続させいうまでもなく、それは意識的な努力の結果であることも、ぜひ忘れないでおいてください。
ふたりだけの時問を作りましょう。
車でも休みなく走らせればガス欠を起こすのと同じで、ふたりの生活も、ときには休憩して生気を養わなくては、失速してしまいます。
いってみれば、ふたりだけで水入らずの時間をすごすのは、精神的な修理改善をするようなもの。
それによって、ふたりの関係はまた新鮮さをとり戻し、日々の生活に戻ることができるでしょう。
あなたのパートナーは、単にセックスの相手、精神的なサポーター、ときどきなぐさめてくれる人、あなたの子どもの父(母) 親、経済的に助け合うパートナー、などというだけの存在ではありません。
どんなことでも語り合え、意見も感情もすべて分かち合える人生のパートナーなのです。
ということは、どんなに忙しかろうと、あなたはふたりだけですごせる時間を作らなくてはなりません。
仕事などで非常に忙しいときは、話のできる時間は朝出かける前や夜寝る前の数分間くらいかもしれません。
たとえそんな短い時間でも、相手を気にかけている気持ちは十分に表現できるはずです。
二十分もまとまった時間がとれれば、かなり突っ込んだ話もできるしたがって、極力そういう時間を作り、お互いに自分の状況について説明したり、相手を思っている気持ちを表現することを忘れないようにしてください。
そうすれば、すれちがいが多いふたりでも、中身の濃い関係を維持することができるにちがいありません。
さらにまとまった時間がとれれば、目下の心配事、自分の希望していること、ふたりで立てている計画があればその進行状態、個人的なフラストレーション、仕事のことなどについて、よりくわしく話すことができるでしょう。
お互いを励まし合ったり、なぐさめ合ったり、新しい計画を立てたりできるのも、そういうときである。
相手に対する不満など、ふたりに問題がある場合でも、そういう落ち着いた時間に話すのがいちばん。
ふたりが愛し合うのもそういうとき。
たまには昔デートしたころのように、ふたりだけで夕食に出かけるのもいいでしょう。
週末に一日中、ベッドでゴロゴロしているのもいいかもしれません。
ロマンチックに愛を語り合ったり、或いは、近所を散歩したりと。
もちろん、そうやってしっとりとした水入らずの時間をすごし、付き合い始めたばかりのころを思い出して、リフレッシュすることが大切です。
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